永井兄弟について

永井先生のまとめ「時代が早すぎた男」第一部(黎明期&全盛期)

永井先生とはどんな人なのか?これまでどんな道筋をたどってきたのか?

私も長さで言えば10年以上永井先生を見てきたわけですが、本当にいろいろな出来事がありました。

ということで今一度、ニコニコ大百科と更新の止まったwikiを参考に私の感想や分析も交えてここにまとめたいと思います

永井先生とは?プロフィール

  • 名前:永井浩二
  • あだ名:ジーコ、永井先生、その他にも多数
  • 職業:株式会社 永井コーポレーション 代表取締役
  • 生年月日:1978年6月9日
  • 出身・在住:愛媛県
  • 最終学歴:高校中退(中卒)


永井先生は2000年代後半を中心に一躍ネットで有名になった愛媛県のプチ有名人です。

他の生徒と集団で高校を辞めると言い出して最後は教師にボコボコに殴られて高校中退という破天荒な人間ながら、モーニング娘にハマったのをきっかけにネットでの情報発信を始めた永井先生。

いつしかネットに確かな足跡を刻んだレジェンド的な存在となりました。

次にそんな永井先生の歴史を見ていきます。


黎明期 モーヲタとしてネットで活動開始

2000年代前半 パソコンを購入・ネット開始

モーーニング娘。にハマってモーヲタになったのをきっかけにパソコンを購入してインターネットを始めた永井先生。

2ちゃんねるのモーニング娘。板やパチスロ関係の板でコテハンとして活動します。

この頃からヲタ芸を携帯で動画を撮影してアップロードするというYouTuber的な活動をしていました。時代が早すぎる

2000年代前半 2ちゃんねるで幅広く活動

狼ラジオをつくってラジオDJとしても活動開始しました。

こちらは2004年の永井先生のフリー雑談ラジオです。


声がめちゃくちゃ若いですね。この頃から雑談トークの切れ味を発揮していました。

2004年にはネット放送を始めるという、本当にネット最先端をいく男でした。

またこの頃から弟のひろくんが配信に現れ始めます。

成長期 ピアキャス時代

2006年頃 ピアキャス参入

2006年頃には今はなきピアキャス(peercast)に参入します。

ピアキャスに進出したこと、またラジオや雑談だけでなくゲーム実況も始めたことからユーザー層が広がっていくことになります。


そして翌年にはついに永井先生が永井先生となる動画が誕生します。

2007年 永井先生の五目並べで永井先生に


2007年には永井先生の五目並べ動画がニコニコ動画に投稿され一躍話題となりました。

この動画をきっかけに敬意と侮辱の意を込めて永井先生と呼ばれるようになりました。

ちなみに2007年はニコニコ動画のβテストが開始された年でもあります。

2007年 アイマス配信スタート・リスナーの増加


そして永井先生がさらに一躍人気となるきっかけとなったアイドルマスター配信が始まりました。

ニコニコ動画を通じて半ば宣伝となるような形で多くの人に永井先生が知れ渡りました。この動画で配信が快適に見れない人が多く発生するくらい、爆発的にリスナーが増えました。

当時、ニコニコには違法動画が多くアップロードされていましたが、永井先生単体でランキング上位を取るくらいの人気コンテンツでした。

ちなみにアイマスなどのゲームは視聴者からの実機プレゼントによってプレイが可能となりました。

次に紹介するように全盛期には多くのプレゼントがリスナーから届いていました。

全盛期 大量のプレゼントと実機配信

2007年 大量のプレゼント


この時期、永井先生は人気とともにリスナーから多くのプレゼントが届くようになりました。

  • プレイステーション3
  • XBOX360
  • ニンテンドーDS
  • 各種ゲームソフト
  • 食料
  • ビール
  • タバコ
  • PC周辺機器
  • 現金


などなど多くの支援が届きました。

上で紹介したアイドルマスターもそのプレゼントの一つです。

永井先生 箱360開封祭り ついに届いたか!?


永井先生のダンボール開封配信


永井先生の開封配信



メジャーな存在になって多くのプレゼントが届き一見して順風満帆に見えた永井配信。

しかしメジャーになったことで以前はなかった問題も起きていました。

メールアドレスへの不正アクセス、ゲーム派とスロット派の対立、公式サイトの是非、アフィリエイトへの批判など、人が増えたがゆえの問題が出てきたのです。

永井先生の説教配信

短い全盛期と一時休止

2008年 ゲーム配信は人気コンテンツに

不穏な動向ではあったものの、それでも2007年~2008年にかけては全盛期と言っても良い人気でした。

絶体絶命都市、地球防衛軍や龍が如くなどゲーム配信が超人気コンテンツとなりました。

永井兄弟とトシの絶体絶命都市2


ひろくんのはぐメタブートキャンプ 最終日


しかし順調な時期は長くは続きませんでした。

2008年 BAN騒動で大荒れ、一時休止へ

この頃は2ちゃんねるスロットサロン板ではなく永井板というレンタル掲示板サービスを使ってコメントを読んでいました。

荒れた場合にはBANするという管理がされていたのですが、理由が明確でない不可解なBANや規制も多数発生しました。

すると管理体制に疑問を抱く人が多く出てきて、永井先生は配信を一時的に辞めて弟のひろくんが配信をし続けていました。

それから殺害予告やwiki削除申請問題などギスギスとした雰囲気が続き、ついに2008年7月に永井板に

  • 迷惑行為を働こうとしている悪意のあるものがいる
  • 自分も博之も少し疲れた
  • 配信をしばらく休む


という趣旨の書き込みが本人によって投稿されました。

これにより2000年代にスタートして大変な人気を誇った永井先生の配信業はひとまず休止となりました。

意外に短い永井先生の全盛期

全盛期には雑誌やテレビでも話題になるくらいの人気でしたが、こうして振り返ると永井先生の活動は本格化して2年ほどで一旦休止を迎えています。

短い全盛期であったことは間違いないですが、今思うと管理する環境が整っていなかったのでしょうがない面もあると感じます。

今だったらいろいろな配信サイトがあって、ユーザー登録して時間が経たないと書き込めないとか、そのユーザーIDに対してBANするとか有効な管理方法があります。

しかし当時はネットで配信すること自体が珍しく、自分たちでどうやって管理するかを考えなければいけませんでした。

その中で先駆者として一つのジャンルを築いた永井先生は、もちろん過ちもあったとは思いますが間違いなく功労者だと思います。

次回は永井先生の第二部まとめをお届けします。